社員への給与
7月・8月になると、支給される、されないは別にして、賞与の話題が出る。そして当然、どうするかを決める会議も行われる。ただ、残念ながら多くの中小企業は、新聞紙上で言われている賞与額には到底及ばない。金額が及ばないというより、賞与が無いところも多い。
私個人の意見で言うならば、中小企業で働く社員が、あの数値を見て自分の会社は、と疑問に思わないように、情報の根拠をもっと分かりやすく明示して欲しいと思う。多くの中小企業の社員は、もらえる立場から、勘違いをされているように感じる。
社長と私の会話
私 :「社長、今月末のこの現預金残では、支払いの遅延をお願いしないと回りません。」
社長:「分かっている。しかし、絶対に社員だけには遅れることなく給与を支払いたい。」
社長の気持ち
経営が本当に苦しく、一体どこからそのお金が出るのかと思う状態にも関わらず、多くの社長は、
「社員だけには、給与は遅延なく出したい。」
「ボーナスは少額だが出してやりたい。」
と言われる。この想いは、何度聞いても感動する。しかし、多くの社員はこの感動を当たり前と思っている。働いたのだから、給与は当然もらえると思っている。この想いのギャップは、余りにも大きい。
ある社長が言われていた。「社員は大きな失敗をしてもマイナスにはならない。しかし、経営者は本人がいくら完璧でも、社員の行いによってはマイナスがある。」このマイナスが示すものは、利益や資産、地位など様々である。日本の中小企業の経営者は、間違いなく会社の連帯保証人である。つまり、会社の終わりは、社長個人の人生のつまずきにもなり、個人の家や土地などの資産もゼロになる可能性がある。
厳しく言えば、社長業の失敗は、人生そのものの失敗になる可能性もある。
かたや一社員は、所属している会社が無くなれば、就職活動は苦労するかもしれないが、転職すれば心配事は消え、少なくとも大きなマイナスからのスタートになることはない。
このように大きな差があるにも関わらず、給与がもらえることは当然と思っている。本当に悲しい現実である。
私は、感謝の反対語は「当たり前」だと思っている。いつもあることが当然だと思うと、人は感謝することを忘れる。全社員は、就職活動をして、現在の会社に採用された時の喜びを思い出して欲しいと思う。多くの社員は、会社の将来性や考え方に共感して入社を決めたはずである。であるならば、その共感した想いを成し遂げるために自分が何を実行し、何を達成したかを振り返ってもらいたい。恐らく殆ど出来ていないことに気づくはずである。この気づきに素直に反省し、力不足でも今、自分がこの会社で働ける喜びと感謝の気持ちを持って、業務にあたって欲しいと思う。
社長の創業の想いと同じくらいに、社員の入社の想いは大切である。
執筆:野上智之