事業再生ADRを利用できる企業と利用の流れ
事業再生ADRは、業績が振るわずに事業再生が必要な企業が利用できる制度の1つです。事業再生にはいくつかの方法がありますが、事業再生ADRは民事再生や会社更生などによる法的手続きとは異なり、民間が主体となって事業再生を行う際の環境を整える目的で創設された制度です。
現在、経営状況が厳しい企業はもちろん、現在は順調な経営状況にある企業であっても、今後、万が一の事態が訪れたときのために、経営者として事業再生の1つの手段である事業再生ADRの制度を確認しておくと安心です。
今回は、事業再生ADRの概要と制度の利用方法などについてご説明します。
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事業再生ADRとは
事業再生ADRは、裁判所を介さずに、債務者である企業と債権者である金融機関などが交渉を重ねて債務整理を行う制度であり、事業再生の分類的には私的再生に該当します。企業再生ADRは、2007年の産業活力再生特別措置法の改正により創設され、現在は産業競争力強化法に引き継がれています。
事業再生ADRのADRとは、Alternative Dispute Resolutionの略で、裁判外紛争解決手続きと訳される言葉です。事業再生ADRは、訴訟手続きを利用せずに事業再生に関わる問題の解決を試みる手続きであり、法務省と経済産業省の認定を受けた公正な立場の第三者が間に入り、債務者と債権者の間の調整を実施します。現在、事業再生紛争における認証紛争解決事業者として認定を受けている機関は、一般社団法人事業再生実務家協会のみとなっています。
事業再生ADRを利用できる企業とは
過剰な債務に悩む企業がすべて事業再生ADRを利用できるわけではありません。事業再生実務家協会は、事業再生ADRが利用できる企業の要件を次のように挙げています。
- 過剰債務を主因として経営困難な状態に陥っており、自力による再生が困難であること。
- 技術、ブランド、証券、人材等の事業基盤があり、その事業に収益性や将来性がある等事業価値があり、重要な事業部門で営業利益を計上している等、債権者の支援により再生の可能性があること。
- 再生手続開始又は会社更生法若しくは金融機関等の更生手続の特例等に関する法律の規定による更生手続開始の申立により信用力が低下し、事業価値が著しく毀損される等、事業再生に支障が生じるおそれがあること。
- 事業再生ADR手続を用いた事業再生によって、債権者が破産手続によるよりも多い回収を見込める可能性があること。
- 手続実施者の意見及び助言に基づいて、法令に適合し、公正妥当でかつ経済合理性があると認められる事業再生計画案の概要を策定する可能性があること。
したがって、企業の規模などの規定はなされていないため、企業再生ADRを利用するにあたって企業の規模や企業の形態が問題となることはありません。どのような規模の企業でも上の要件を満たしていれば事業再生ADRの利用が可能です。
事業再生ADR利用の流れ
では、実際に事業再生ADRを利用するにあたって必要となる手続きをご紹介します。
事業再生ADRの申請準備
事業再生ADRの利用を申し込む際には、事業再生実務家協会によって申し込みを受け付けるかどうかの事前審査が行われます。そのために、申請を行う企業側は事前準備としてデューデリジェンス等の実施や、事業再生計画案の策定等が必要となります。
事業再生ADRの正式申請と債権者への一時停止通知の送付
事業再生実務家協会に事業再生ADRの正式な申請を行い、審査の結果、事業再生ADRの利用が適していると認められると、申請が受理されます。申請が受理された後は、債務者である企業と事業再生実務家協会の連名で、債権回収や担保設定の禁止を要請する「一時停止通知」を対象となる債権者に送付します。
債権者会議の開催
1回目の債権者会議を開催し、事業再生計画案についての説明を行います。債権者会議は通常3回行われ、2回目の債権者会議では事業再生計画案の合理性や妥当性に関する協議が行われます。続く3回目の債権者会議では、事業再生計画案の決議が目的となり、すべての債権者から事業再生計画案に対する同意を得られた場合に私的整理が成立します。
事業再生計画の実行
決議された事業再生計画に基づき、弁済の履行や事業の再建に取り組みます。
事業再生ADRの手続きの流れをご紹介しましたが、事業再生ADRを事業再生の手段として活用するかどうかを検討するにあたっては、事業再生ADRのデメリットとメリットも理解しておくことが大切です。事業再生ADRの主なメリットとデメリットをご紹介します。
事業再生ADRのメリット
事業再生ADRの主なメリットには、次のようなものがあります。
継続した営業活動ができる
事業再生ADRでは、対象とする債権者を任意で選ぶことができます。そのため取引先などを債務整理の対象から外すことができ、取引先に事業再生ADRの手続きを行ったことを知られることなく、これまで通り取引を継続することができます。
また、事業再生ADRは、対象となった債権者との間のみで協議が進められるため、外部に経営状況が厳しい状況にあることを公表されることはありません。したがって、会社の信用を失うことなく営業活動を継続することが可能です。
手続きの安定性が確保される
事業再生ADRでは、中立的な立場にある事業再生実務家協会の監督の下で手続きが進められるようになります。そのため、公正で平等な手続きを進めることができます。
つなぎ融資を受けやすい
事業再生ADRでは、つなぎ融資に対して債務保証がされ、それまでの債務よりも優先的に弁済されるように認められます。そのため、一時的な資金繰りのためのつなぎ融資を受けやすくなります。
税制上の優遇措置を受けられる
私的再生では、債権者は減額・免除された債権については、損金処理をすることができません。しかし、事業再生ADRでは、減額・免除された債権を損金処理によって利益額から控除できるなどの税制上の優遇措置があります。そのため、債権者も事業再生ADRに応じやすいというメリットにつながります。
事業再生ADRのデメリット
事業再生ADRには前述したようにさまざまなメリットがあります。しかし、事業再生ADRにはメリットだけでなく、デメリットもあります。事業再生ADRの主なデメリットは次のとおりです。
債権者全員の同意が必要
事業再生ADRは、私的再生の1つです。したがって、事業再生ADRによって事業再生計画を実行するためには債権者の全員の同意が必要になります。もし、同意に応じない債権者が一人でもいれば債務整理に進むことができません。その場合、民事再生などの法的再生に移行しなければならなくなります。
費用が高額になる
事業再生ADRを利用するには、事業再生実務家協会に審査料や業務委託金、報酬金など、さまざまな手数料を納付しなければなりません。手数料の額は債務の額に応じて変わりますが、手続きが進むごとに決して小さくはない額の手数料が発生し、最終的に必要となる額は数千万円に上るケースが多くなっています。
そのため、事業再生ADRを利用できる企業の規模に規定はないものの、事業再生が必要でありながら高額な費用を捻出できる大企業でなければ、事業再生ADRの利用は難しくなっているのが現状です。
事業再生ADRと他の再生手続との違い
事業再生を検討する際、複数の手続きから最適な選択をする必要があります。それぞれの制度には明確な特徴と適用条件があり、企業の状況に応じた適切な判断が成功の鍵となります。
民事再生・私的整理との比較
事業再生ADRは、純粋な私的整理と法的整理の中間に位置する制度です。各手続きの特徴を正確に理解することで、自社に最適な選択肢を見極められます。
項目 | 私的整理 | 事業再生ADR | 民事再生 |
---|---|---|---|
公表性 | 非公表 | 非公表 | 官報等で公表 |
裁判所の関与 | なし | なし | あり |
債権者の同意 | 全員一致 | 全員一致 | 多数決 |
手続き費用 | 比較的少額 | 1,000万円〜 | 数百万円〜 |
債権放棄の税務 | 個別審査 | 原則損金算入 | 原則損金算入 |
手続き期間 | 6ヶ月〜1年 | 1年〜1年半 | 1年〜2年 |
事業再生ADRの最大の特徴は、私的整理の柔軟性と法的整理の信頼性を両立している点です。第三者機関である事業再生実務家協会が関与することで、債権者からの信頼を得やすく、債権放棄についても税務上の優遇措置が適用されます。
一方で、債権者全員の同意が必要という私的整理の制約は残っており、高額な手続き費用も大きな課題です。これらの特徴を踏まえ、企業の財務状況や債権者構成を詳細に分析した上で最適な手続きを選択することが重要です。
ADRから他制度への移行可能性
事業再生ADRが不成立に終わった場合でも、他の制度への移行が可能です。むしろ、事業再生ADRを経ることで、後続の法的手続きにおいて有利な取り扱いを受けられる制度設計となっています。
特定調停への移行
事業再生ADRから特定調停に移行する場合、一人裁判官による調停が可能になります。通常の特定調停では裁判官と民事調停委員で構成される調停委員会が必要ですが、事業再生ADRの手続きを踏んでいる場合は簡易迅速な手続きが実現できます。
つなぎ融資の優先弁済
事業再生ADR手続き中に実行されたつなぎ融資は、民事再生や会社更生に移行した場合でも優先的な弁済を受けられる可能性があります。裁判所は、事業再生ADRの公正な手続きを経たつなぎ融資であることを考慮して衡平性を判断します。
民事再生・会社更生への移行
事業再生ADRで策定された事業再生計画や債権者との交渉経過は、法的整理においても重要な参考資料となります。既に専門家による詳細な財務分析や事業価値評価が完了しているため、法的手続きの迅速化が期待できます。
ただし、手続きの移行には高度な法的判断と戦略的な検討が必要です。移行タイミングの見極めや新たな手続きでの論理構成において、財務と法務の両面からの専門的なサポートが不可欠となります。
事業再生の成功には、初期段階での適切な手続き選択が決定的に重要です。企業の置かれた状況を多角的に分析し、債権者との関係性や将来の事業展望を踏まえた戦略的な判断が求められます。
中小企業向けの代替手段
事業再生ADRは高額な手数料が必要で、実質的に大企業向けの制度となっています。中小企業が事業再生を検討する場合、より現実的で効果的な代替手段があります。
中小企業活性化協議会の活用
中小企業活性化協議会は、無料相談から支援まで受けられる公的機関です。全国47都道府県に設置されており、中小企業の事業再生を専門的にサポートしています。
項目 | 中小企業活性化協議会 | 事業再生ADR |
---|---|---|
相談費用 | 無料 | 1,000万円〜1億円 |
対象企業 | 中小企業 | 大企業中心 |
手続き期間 | 6ヶ月程度 | 1年以上 |
中小企業活性化協議会では、デューデリジェンスや再生計画策定にかかる費用の補助も受けられます。ただし、財務面の再生に特化しており、事業面での抜本的な改善には限界があるのが現実です。
M&Aによる事業再生
M&Aは、債務超過や赤字経営の企業でも事業再生を実現できる有効な手段です。買い手企業にとって魅力的な技術や顧客基盤がある場合、企業価値を評価してもらえる可能性があります。
M&Aによる事業再生の主な手法は以下の通りです。
事業譲渡
不採算事業や一部のノンコア事業を別の企業に譲渡し、コア事業に集中する方法です。債務を切り離しながら事業の継続が可能になります。
株式譲渡
株式を買い手企業に売却して事業を承継させる方法です。従業員の雇用維持や取引先との関係継続において優れた効果があります。
債務超過企業のM&Aでは、財務状況の正確な把握と改善策の提示が成功の鍵となります。専門的な財務分析と戦略的なアプローチが不可欠です。
第二会社方式
第二会社方式は、収益性の高い事業部門だけを新会社に移転し、債務は旧会社に残す事業再生手法です。この方式により、優良事業の価値を毀損することなく事業継続が可能になります。
第二会社方式のメリットは、税務上の損金算入手続きが簡単で、スポンサー企業や金融機関からの理解を得やすい点にあります。また、不採算事業を切り離すことで、収益性の改善と財務体質の健全化を同時に実現できます。
ただし、労働契約承継法など複雑な法的手続きが必要で、従業員の処遇や債権者との調整において専門的な知識が求められます。
私的整理ガイドラインの活用
私的整理ガイドラインは、全国銀行協会が策定した私的整理の指針です。このガイドラインに沿った債権放棄は、透明性や公平性が高いとされ、金融機関側の無税償却が認められやすくなります。
私的整理ガイドラインの特徴は、法的手続きを経ずに債務整理を進められる点です。事業再生の事実が公表されないため、取引先や従業員への影響を最小限に抑えながら再生を図れます。
しかし、債権者全員の合意が必要で、金融機関との高度な交渉スキルが求められます。また、再生計画の実効性を担保するための財務分析と事業改善策の策定が重要になります。
これらの代替手段を効果的に活用するには、企業の財務状況を正確に分析し、最適な手法を選択する専門的な判断力が不可欠です。中小企業の事業再生では、画一的なアプローチではなく、個々の企業の特性に応じたオーダーメイドの解決策が求められます。
まとめ
事業再生ADRは、取引先の信頼を失うことなく債務整理を進められる事業再生の手段です。つなぎ融資を受けやすくなったり、税制上の優遇措置を受けられたりといった多くのメリットもあり、非常に魅力的な制度でもありますが、事業再生ADRの利用には多額の費用が必要になるというデメリットがあります。
現状では事業再生ADRを利用できる企業は、規模の大きい企業がほとんどとなっています。事業再生ADRを利用しない場合であっても、その他の方法による事業再生が可能な場合もあります。事業再生を検討されているようであれば、まずは下記バナーより「無料相談」をご利用ください。企業規模や現在の状況に合わせた最適な事業再生の方法について、アドバイスをさせていただきます。